スポーツのデータサイエンス,概要と将来展望

2000.9.9.
13:00-14:15
於慶応大学
宮地 力
(国立スポーツ科学センター)
Japanese Institute of Sports Sciences
(Chikara.MIYAJI@jiss.ntgk.go.jp)



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1. はじめに

広範なスポーツ科学の分野から「身体運動をモデル的に解析する手法」 をデータサイエンスの本の題材として取り上げた.なぜなら, モデル的解析の場合,モデルを作り,それをもとにデータ解析を 行い,またモデルを作り直すという過程をとる.それが,まさしく データサイエンスに当る,と考えるからである.

本書の目次は以下の通りである.

目次

2. 各章の紹介

2.1 スポーツ運動のモデル解析の基礎

理化学研究所バイオミメティックグループ
太田 憲

この章では,以降の章で利用される,スポーツ運動のモデル解析に用いられる いろいろな数学的手法をまとめてある.

2.2 身体運動における生理学的エネルギー供給機構のモデル解析

国際武道大学
土居陽治郎

レースにおけるペース配分は,「保有している身体的なエネルギーをレース 場面でいかに有効に出力するか」という工学問題としてとらえることができる.一種 の制御問題の領域に属するものと思われるが,人工の内燃機関と違って,身体的エネ ルギーは生成過程が複雑であり,その定量化が非常に困難である.特に全身の代謝の ようなかなりマクロな系を表現し得るような測定が困難なことや(酸素摂取量の測定 がマクロ系の代表である),運動中の代謝というダイナミックに変化する系ではモデ ルによる定量化ということがかなり難しいこと,などからすればやむを得ないことか もしれない.

本章では,筋運動の源となるエネルギー供給過程(Energetics: エナジェティクス) に焦点を当て,過去の生理学・生化学分野の多くの研究成果からモデル化する過程を 中心に解説した.

2.3 格闘技の突き技衝撃力を予測する

慶応大学
仰木裕嗣

格闘技の突き技の衝撃力を,腕につけた加速度計から推測した. あるパターンをもった加速度の値のベクトルと,結果としての衝撃力の関係を推定するという問題を解いた.

この章については,このセミナーの後半で発表がある.

2.4 和弓の力学的特性の計測と復元モデルによる発射技術の解析

信州大学
細谷 聡

日本の弓(和弓)は全長が2.2mあまりで,世界的にみても長弓の部類である.こ の和弓を用いて行なう弓射の動作は,引き始めてから発射に至るまでは比較的 ゆっくりとしており,的に狙いを定めているときは外見的に静止しているように みえる.そのため,弓道に対して静的なイメージを持っている人は多いことだろ う.しかし,右手から弦が離れ弦に付いている矢がその弦と分離するまでに要す る時間(これ以後,復元時間とよぶことにしていく)は,弓を引いたときの弓の 持つばね的な強さに依存はするが,おおよそ100分の2〜3秒というごく短い時間で ある.つまり,弓道は静的なイメージとは裏腹に,一瞬にして発射現象が終始す るというダイナミックな面も持ち合わせているのである.

本章では,弓体の力学的特性と発射現象を計測することによって,発射の際に射 手が駆使する操作・発射技術を得られたデータから解析していく.さらに,いく つかの和弓の復元モデルによって操作・発射技術の意義を明らかにする.

2.5 運動学習のコンピュータシミュレーション

九州工業大学
木村 広

垂直とびの運動で,いくつかの違ったパターンの力の発揮がみられれる.それを運動の学習モデルから説明をした.

2.6 バタフライロボットのモデル化と計測

YAMAHA
池田剛一

バタフライの腕と足のキックのタイミングのずれが,泳ぎにどのように影響するかを, ロボットによるモデル化で説明した.

3. バタフライロボット

ここでは,バラフライロボットのモデル化と計測をより詳しく解説する.

3.1 はじめに

バタフライは難しい運動にみえる.しかし,専門のコーチは, 腕とキックの動作のタイミングさえできれば,子供でも簡単に覚えられる 運動であるという. しかし,タイミングだけを変化させることは,人間ではとてもできない. そこで,ロボットを使ってモデル的にそのタイミイングを調べた.

これが,ロボットの外観である.おおきさ,およそ60cm程度.

ロボットには,パルスモータが以下のようについている.

3.2 ロボットの運動

これが,ロボットのバラフライである.ロボットが水槽を泳いでる ところをビデオカメラで撮影したものである.

QuickTime plug-in
私の泳ぎです

3.2 ロボットのガイド

ロボットは,完全にフリーの状態にしておくと,段々横向きになってきてしまうので,以下のようなガイドレールを設けた.ロボットは,ドルフィンキックなどはできるが,体が横を向いたりすることはガイドから動きを強制されていてできない.

3.3 動きのパターン

ロボットの腕と,足のうごきは,パルスモータによって制御した.パルスは実際の水泳選手の動きを 数値化し,それをパルスに変換した.

パルスをつくり出す時,腕の足のパターンを以下のようにして,ずれをつくった.

そして,全部で4つの,腕と足のタイミングのずれた泳ぎをつくりだした.

3.4 横からみたロボットの運動

これは,パターン1の場合の泳ぎ.

QuickTime plug-in
これは,パターン2の場合の泳ぎ.

QuickTime plug-in
パターン1に比べ,腰の上下動が激しく,泳速も落ちている.

3.5 ロボットの泳速の違い

4つのパターンでの泳速の違いを,同じ時間での到達距離でしめした.

この図から,パターン1がもっとも泳速が速く,また,試技間のばらつきも少ないことがわかる. 4つのパターンでのロボットの重心の動きを以下の図にしめす.

この図からも,パターン1がもっとも重心の上下動が少ないことがわかる.

また,重心の水平方向の速度を,ピークを一致させて重ねがきしたものを以下の図にしめす.

パターン1が平均的に速度が大きいこと,パターン2,4は,速度のピーク,最大速度の大きさも 小さいことがわかる.

3.6 最大速度の時の腕と足の位置関係

バタフライで最大速度が得られるのは,手をかいた直後である.そこで,その時の,体幹と足の 位置関係を以下の図に示した.

この図から,パターン1とパターン3では,足が伸びた状態になっており,パターン2,4では 足が曲がった状態にあることがわかる.

最大速度が出る時に,足が動きをブレーキしていてはスピードがでない.これを以下の 絵で説明してある.

このことから,パターン1と3はちょうど手がかきおわった時に,足も伸びている状態になって いるので,スピードが2,4に比べて速いことが理解できる.これは,バタフライが腕を1周 まわす間に2度ドルフィンキックがなされるため,パターン1と3が伸びた状態になったわけ である.但し,パターン3では,泳速のばらつきが大きく,腰の上下動もおおきい.

以上のことから,バタフライの腕と足の,動きのタイミングのずれによって,体が抵抗となり, 推進力が変化するという現象がロボットでも確かめられた.

バタフライでのタイミングをつかむ重要さがわかる.


4. スポーツのデータサイエンスの将来展望

4.1 スポーツ科学センターとは

国立スポーツ科学センターとはいろいろなスポーツ科学の知見を総合して, トップアスリートのための科学的サポートをする機関である.

そのためには,

が必要になる.

選手のデータは,長期的に保存され,年間のトレーニング計画などに反映されながら蓄積される必要がある. ところが,今までのスポーツ科学では,各分野毎の研究は,おこなわれていたが,それらのデータを総合的に見る視点は,すくなかった.

また,データの取り込みは,機種毎に違い,それぞれ独自のフォーマットを使っている. 市販の測定器では,解析まで機種で独立していて,データを寄せ集めることも簡単ではない. データも動画像データ,数値,リスト,など多様な種類がある.

4.2 共通化の必要性

そこで,

データの総合化と長期保存のための共通フォーマットの必要性

が必要になってきた.

データの共通フォーマットとして,

があげられる.どちらのフォーマットも XMLを用いてスポーツデータの構造的表現をする.

MedXMLやDandDと整合性をとりながら, スポーツデータのためのフォーマットを定義する必要性がある.

4.3 スポーツデータ定義の資料:DandDの枠組みでの作成

<?xml version ="1.0" encoding="Shift_JIS"?>
<?xml-stylesheet type="text/xsl" href="DandD.xsl" ?>
<!DOCTYPE DandD  SYSTEM "DandD.dtd"[
	<!ENTITY UnitDefinition "ここで用いてる単位Nは,質量1kgの物体に
1m/s^2の加速度を生じさせる力の大きさを1Nとする単位である.">]>
<DandD> 
<Title>突き技の衝撃力と加速度 </Title>
<Data>
	<Relational LongName="ボクサー">
		<Value RefId="ID.B"/>
		<Value RefId="Acceleration.B"/>
		<Value RefId="Force.B"/>
		<Value RefId="Time.B"/>
		<Value RefId="Round.B"/>
	</Relational>
</Data>
<DataBody> 
<DataVector Id="ID.B" LongName="ボクサーのID"
	Length="153600" Unit="seconds" >
	<Script>
		rep(seq(1,10),rep(15360,10))
	</Script>
</DataVector>
<DataVector Id="Acceleration.B" LongName="加速度"
Length="153600" Unit="meter/seconds^2" URL="sports/boxing1">
</DataVector>
<DataVector Id="Force.B" LongName="衝撃力"   Length="153600" Unit="N" Definition="&UnitDefinition; " URL="sports/boxing2" >
</DataVector></DataBody></DandD>

4.4 動画の標準化

スポーツデータの定義は,数値データにとどまらず動画像データの標準化も必要である. これは,画像フォーマットの定義ではなく,スポーツ画像のシーン情報のデータの標準化を意味する.

しかし,自動的にシーン情報を取り出すことは難しい.これは,人工知能の分野の研究になる.たとえば, MITでやられているcomputer watching footballのプロジェクトなどが参考になる.

4.5 動画像データベース

シーンの構造を表現する定義を定めておき,それに従ってシーンを定義すれば,さまざまな取り出しかたが可能になる.いろいろな試合の映像のシーン情報を共通化して検索することも出来るようになれば,試合映像のデータベース化も可能になる.

4.6 今後のスポーツデータサイエンス

データサイエンスとしてのスポーツ科学として,今後の重要課題は, となるであろう.とくに,数値以外のさまざまな情報の形式化,たとえばコーチングにかかわる情報や, 戦術,戦略にかかわる情報など,今までは,なかなか取り扱えなかった情報を,いかに整理して モデル的に解析できるようになるか,という面からの研究が必要である.